追憶2


『銀賞、……北高校』

 ホールのスピーカからその名が告げられたとき、前の方に座っていた仲間たちの間に小さなざわめきが走った。後ろから眺める彼らに落胆の色はなかった。……ある意味、自然なことだった。並み居る強豪を抑えての次点。それは学院に勝つことすら危ぶまれていた頃からは考えられない快挙で、大いに喜んでいい結果に違いなかった。……ただ、全国大会に進めないことを除けば。

 敗因は簡単なことだった。俺たちはただ学院に勝つことだけを目的にしてきた。……その目的が達せられたあと、部の活動はひどくスムーズなものになった。中地区大会が終わるや反対派はみな手を返したように協力的になり、その筆頭だったカラスさえも表だっては何も批判めいたことを口にしなくなった。……だが、そこまでだった。そこではじめて俺は部長としての自分の失策に気づいた。学院に勝つための方法は頭が痛くなるほど考えてきた。けれども俺は全国大会に勝ち進むための方法を、何一つ考えていなかったのだ……。

「……終わった」

 仲間たちの誰にも聞こえないように、俺は静かに独り言ちた。おそらく全国には行けない。中地区大会からの長くて短い期間そう思い続けた俺にとっても銀賞は望外の結果のはずだった。……あいつらのように喜んでもいい、むしろそうすべきだ。そんなことを考え――だがそう思う心の裏にやはりどこかで全国へ行けることを信じていた自分を見つけて……うつむき溜息を一つ吐き、その溜息に促されるように、涙が目の奥からじわりと湧いてくるのを感じた。

『金賞、……高校』

 全国への切符を手にした高校の名が読み上げられた。そのとき、背後でがたんと音がした。反射的に振り仰いだ。すぐ後ろで一人の男が席を立ち、信じられないものを見るような目で審査員の並ぶステージを見つめていた。俺の見ている前で、その男の目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。

「うわああぁぁぁ……」

 じっとステージを凝視したまま、人目もはばからずに男は泣きはじめた。隣の席に座っていた男が席を立ち、同じように泣きはじめる。たちまち涙は伝染していった。真後ろに座っていた一塊りの生徒たちは抱き合い、互いに肩を叩き合いながら、声に出して泣いていた。……俺はそこでようやく彼らがなぜ泣いているのかわかった。彼らが流しているのが混じりけのない歓喜の涙だということを、喪心とともに理解した。

 ――そうして俺は、自分が泣く機会を失ったことを知った。今にもこぼれようとしていた涙はきれいに消え失せ、新しい涙は目の奥から一滴も湧いてきはしなかった。……泣きたいのに泣けなかった。喜びにむせび泣く彼らを見つめながら、俺はただ身体から魂が抜けていくような激しい脱力を感じていた。

 帰りのバスの中は賑やかだった。仲間たちの誰もが銀賞という結果を喜び、浮かれさえしていた。そんな中にあって俺と、その隣に座ったペーターだけは通夜のように押し黙っていた。彼女は何度も話しかけてきたが、俺が無視しているとそのうち何も喋らなくなった。

 瞼を閉じ、冷たい窓に頭をもたれて、俺はただじっと彼らのことを考えていた。真後ろで立ち上がり、大粒の涙を流して喜びを分かち合っていた彼らのことを。俺が遂に流すことができなかった、彼らの涙のことを……。



               □         □         □



 ――あのとき流せなかった涙はまだ目の奥に溜まっている。流すことができなかった涙は呪いのようにいつまでも心を縛る。あのとき俺は泣かなかったのではない、泣けなかったのだ。そのことを思い出すたびに、中地区大会でのアイネのことを考える。仲間たちがみな泣く中たった一人涙を見せず、凛とした笑顔で握手を求めてきた彼女のことを考える。

 ……そうして俺はまたアイネのことを考える。信頼する相棒としての、三年間をともに戦ってきた戦友としての彼女のことを考える。深い溜息をつき、乾ききって痛みさえ覚える目の奥に涙を求めて……ふと考える。あのとき俺は泣かなかったのではない、泣けなかった。ならば彼女はどうだったのだろう。あのときアイネは泣かなかったのだろうか、それとも泣けなかったのだろうか――

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